青島都知事と同じところに住むっていうギャグだった
–そもそも水道橋博士と高円寺の関係をおしえてください
水:たけし軍団はもともと中野に住んでる人が多いんだよ。40歳になる前まで、ずっと、中野坂上とか新中野に住んでいたんだけど、ニュースで当時の青島都知事が公邸に引っ越すので、それまで住んでいた中野ブロードウェイを出ると聞いて。その物件を買っちゃおうと思ったの。昔、遊びに行ったこともあるんだけどね。それはウケると思って、青島都知事と同じところに住むっていうギャグだったんだけどね。そしたらそこがタッチの差で売れちゃった。

–家の購入までギャグなんですね……
水:何故かもう賃貸に住むのをやめようと思って、しょうがなくそのまま物件を探して。もともと芸人になる前に宅建主任の免許も持っていたから不動産のことについても詳しいんだけどさ、いざ探し始めたら、今度は自分で設計した家を建てようと思い出してね、立地にこだわりだし……。商業区域だとか、建ぺい率が高いとかその辺やたら凝っちゃって。一年くらい都内を見て回って、そのまま高円寺でいい土地見つけて住んじゃったんだよね。ローンとか生活設計とか一切、考えずにね。
–こだわって高円寺に住んだというわけではないんですね
水:とはいえ、どちらにせよ僕は基本的に中央線界隈じゃないと住めないのよ。代官山とか自由が丘とか中目黒、六本木みたいな街にはもともと住めないし、通過することすら苦手というかね。
–ちなみに高円寺では普段どういう過ごし方をしていますか
水:すごく普通。子どもが3人いるから、区民プールに行ったり銭湯行ったり。散歩したり、ラーメン、うどん、焼き肉、寿司、古本屋行ったり、実に平凡に過ごしてますよ。
–よく高円寺に一度住むと高円寺から出られなくなる人が多いですが、その理由ってどう思いますか
水:とにかく居心地がいいよね。ハイソな感じの人がいないのがボクにとっては、すごく塩梅の良さに繋がってる。もともとがストリップ小屋の出身だからね。新興住宅地とか郊外ってところで住めないの。昔ながらのアーケードの商店街やら、居酒屋や、ピンサロやら、夜が遅いとか、適度にないとダメ。あと若者の割合が多いのも気が楽だよね。ファミリー層ばっかりの街っていうのもつまらないじゃない? 雑居ビル、古着屋、本屋、古本屋、ラーメン屋、カレー屋、寿司屋、喫茶店、ガード下、そういうのないとダメ。
–僕も水道橋博士を高円寺で見かけたことが何度かあるのですが、高円寺って著名人の方でも過ごしやすいですか?声かけられたりとか……
水:完全に無防備だよ。みんな気さくで、子供と一緒だから変にからまれることもないよ、俺の場合は。もともと大人しいし、散歩なんかしてても、気軽に挨拶して終わるって感じ。まあ比べようにも中央線沿線というか、中野と高円寺にしか住んだこと無いから他の地域はどうなんだかわかんないんだけどさ。

–では、ちょっと男女の話に進みたいと思います。住む街としても優秀な高円寺ですが、高円寺デートをするとしたらおすすめのルートってありますか
水:高円寺デートか〜。それしたことないんだよ。まあやっぱり焼き鳥「大将」のイメージじゃないかな。気取ってない場所で議論をふっかける、演劇論とか芸論とか言い合う、ビール飲み干す、酔っぱらう、ホッピーで深酒、みたいなさ(笑)そういうデートが高円寺っぽいよね。俺、人生で身の丈を超えた場所って、連れて行ってもらったことはあるけど、自分から行ったこと一度もないと思う。
–その「高円寺っぽさ」ってみんな感じてると思うんですけど、それってなぜなんでしょう
水:やっぱさ、この町にはフォークが今なお続いてるからだと思うんだよね。吉田拓郎さんが描いた「高円寺」、みうらじゅんさんが描いた「高円寺」、ああいった世界観が残っているんだと思うよ。ギター持った中央線男子がひとりで焼き鳥食べていていい、という世界観。そういうヤツまだまだ多いでしょう。いまさら、方向転換できないよ。

東横線女子のわずかに残るギャンブル性に期待するしかない
–そんな中央線男子が東横線女子にモテる方法を教えてもらえますか
水:ん? 東横線女子って? 何?
–東横線沿線を生活範囲にしている女子です
水:東横線っていうとどんな駅があるんだっけ?
–それこそ先ほどお話に出た「代官山」「中目黒」「自由が丘」……
水:ああ、俺苦手だ(笑)
–互いに偏見はあるとは思うんですけど、ここの男女がくっつく素敵なストーリーはないものですかね
水:これまた難しい話だな〜。俺にインタビューしても何もないよ。

–すみません(笑)合コンでがっかりされるんですよ。僕ら中央線男子は
水:そうだな〜。もうさ、「成り上がり」を語るしかないんじゃないかな。お笑い、音楽、芝居。とにかく成り上がりしかないよ。夢を語る以外ないもんね、中央線男子は。今は高円寺だけど……って。東横線女子のわずかに残るギャンブル性に期待するしかないよ。
–射幸心を煽るわけですね(笑)中央線男子が東横線女子を高円寺デートに誘うならやっぱり大将に行くべきですか
水:中央線男子が無理してパンケーキだとかカフェ的なところ連れてったって墓穴掘るだけでしょ(笑)。まあ無理な戦いだよ。空想に大風呂敷広げ続けるしか無い。佐村河内さんみたいに(笑)。
–そこはやはりいつか見返してやるって気持ちでいくしかないんですね
水:最近の漫画家にしてもさ、「モテない、モテない」っていう漫画ばっかり描くよね。そのルサンチマンを抱えて戦ってる。やっぱりそれしかないんだと思うよ。でも成り上がって、湾岸や、タワーマンションに住みたいって願望すらボクの場合はないからね。ゴメン。何も答えがないわ。

実際そういうフェロモンが出るのを感じる
–ところで、この記事のテーマのひとつが「男」について、なんです。水道橋博士の中で、「男」の部分がぐっと出る瞬間ってありますか?
水:僕ら芸人は舞台があるからね、客前に出なきゃ行けない時って言うのはやっぱり「男」でなくちゃいけない瞬間だよ。実際そういうフェロモンが出るのを感じる。舞台は、怖い場所、勝負すべき場所だからね。そういった場所に存在してる空気自体を燃やすんだよね。その空気を燃やす瞬間って、他の人を見てもやっぱり「男らしい」って思うよ。
–それは何年経っても感じますか?
水:うん。今も漫才とかトークでも舞台は怖いよ。何十年たっても怖い。それでもそういった場の空気を燃やす芸人は男らしい。じゃあ女芸人はどうなんだっていうと、女芸人もやっぱり「男らしい」んだよね。

–そういった舞台のようなものが見当たらない人はどうすればいいでしょうか
水:うーん。たしかに職業が違えばそういった明確な舞台はないかもしれない。でも、人生は「劇」なんだよね。ポール牧さんじゃないけど、「人生は舞台、貴方が主役」なんだよ。自分がその劇の主人公だと捉えれば、必然的に場を燃やす瞬間っていうのはあるはず。たとえそれが他人から見れば損なことであろうが、自分自身がかっこいいことなんだって思えればそれでいい。どんなに損な役回りでも、振り返って、あんときはバカな選択でも、カッコイイことやったんだと思えば、結果としてそれが最高の劇になるはずだよ。な〜んて、思っている。古いんだよ、俺は。
–かっこつけたり、がんばるのがかっこ悪いと言われる世の風潮をどう見てますか
水:ホント、それを言われてもわかんないんだよね。俺は基本、古い時代の人間だからね。どういう時でも「カッコ悪いことはなんてカッコイイんだろう」と思ってるから。どんな理不尽な状況でも「でもやるんだよ!」と思って、歯を食いしばってやるのが美徳だから。ただね、目の前をがんばる以外に無いって思っている。ま、お笑いなんて、コネや、親の財産や、見た目とかで成立してないから。死に物狂いで、がんばらないヤツで成立してるヤツはいない。それを見せる、見せないの美学はあるけど、がんばらない限りなにも無いよ。

「ああ、パパはどんどん恥ずかしいところでも向かっていくんだな」
水:まあ、俺みたいなのが、50歳超えても、しらけてないのは、子どもという存在はやっぱり大きいかな。彼らにしてみると、親の姿はバカやって仕事してる姿しかないんだもん。子どもも「またバカなことやってるなー」って思ってるんだろうけど、父親の立つ、観客がいる舞台がどれだけ勇気がいる場所なのかって、だんだんわかってきてくれてるよね、10歳にもなるとさ。「ああ、パパはどんどん恥ずかしいところでも向かっていくんだな」って、そう伝わるようになったと思うよ。
–今日は楽しいお話、本当にありがとうございました

【info】
水道橋博士(すいどうばしはかせ)
1962年8月18日生まれ、岡山県倉敷市出身。86年にビートたけしに弟子入り、翌年、玉袋筋太郎とともにお笑いコンビ「浅草キッド」を結成。テレビやラジオへの出演の他、ライターとしても活躍中。最新刊はルポエッセイ『藝人春秋』(文藝春秋)。自身が編集長を務める日本最大級の有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』
(http://www.webdoku.jp/premium/merumaga/page/s_hakase.html)
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[ライター/酒井栄太 カメラ/木村和平]